◇2006・6・10
  おたふく風邪 PART1


お決まりの前置き



盛岡は、大通り「サンビル」から菜園方面に入ったところにある筋不明のお店「−人妻性感−人妻理由ありの会」。現在もあるか不明。別に入会を勧めるつもりはないが、本文にも一切関係ない。
”のりのり”でない時はへなちょこである。
「あ〜、勤勉さがほしい。」
と雨模様にニュアンス・ブルーなオラホがいる。

とは言え、怠慢のせいばかりにするのも、人格を疑われ、営業的に不利益だろうと言うことで言い訳すると、このごろ2連荘で風邪を引いている。
この一ヶ月の間、健康だったのは一週間だけだ。

子供が保育園に行っているときは、しょっちゅう病原菌を家に持ち込まれてこんな時期もあったが、なんでまたこの時期にぃ〜とか嘆いているわけである。

ふと、そんな時、17年前に入院したときのことが脳裏に浮かんだ。
オラホは、29歳の夏、第三子が生まれて間もないころ、たった1週間だが、入院した事があった。

ん〜、あのネタか・・・。
ここで、あのネタか・・・。
脈絡がないなぁ。
少し、無理やりかなぁ。
シモネタ多いしなぁ
・・・・・・
多汗な40代であった。
(←「字が違うやろ!」と突っ込むところ)


発病前夜


よくある出だしだが、最初は些細なことだった。
いつものように風呂でシャンプーしながら顔を洗っていた。
ジュバンスのシャンプーは全身洗えるので、シャンプーしながら顔を洗う行為は、マイファミリーでは習慣となっていた。(さりげなく広告)
顔の両脇を洗おうと手を持っていくと、耳の下の辺り、顎と耳たぶの接点のあたりに微妙な痛みを感じる。
気のせいかと思い、注意深く探ってみると、やっぱり痛い。
今だったら、

「このまま放って置くと、大変なことになりますよぉ。」

と、白衣を着たビートたけしが脳裏をよぎる場面だ。
しかし、そのときはあまり深く考えもせず
「スルメでも食いすぎたか。」・・・位、にしか考えていなかった。

オラホが入院した岩手に一校だけある医科大学の正面玄関。


新聞

数日後の夕刊の片隅に気になる記事を見つけた。
内容は、

「流行性耳下腺炎流行中」

というもの。
”流行性耳下腺炎” などと言われると分からないかもしれないが、世間一般で言う「おたふく風邪」のこと。
それが盛岡市内で流行していると言うのだ。

当時のオラホの認識では、風邪のような症状に加え頬が腫れる感染症で、一度かかると免疫ができて二度かかることは稀なため、たいがい子供がかかる病気である、ということぐらい。

もっとも、最近では予防接種もされるので、リアルタイムでかかっている子供すら見ることは稀な気もするが、オラホが小学校位の時代には、おたふくにかかって
茶巾寿司のような包帯をした同級生が学校を休まずに、よく登校していた。

さらに、新聞の記事をよく読むと、細かく病状が載っていた。
覚えているところで以下に挙げてみよう。

  1. 耳下腺が腫れる
  2. 高熱が出る
  3. ウィルス感染による疾病である
  4. 成人になってかかると症状が重くなる傾向がある
  5. 4に関連して男子の場合、副睾丸炎を併発しやすく、女子の場合卵巣をやられることがある

ふ〜ん・・・、副睾丸って右か?左か?

などと、平静を装いボケをかましつつも、変な汗が背中を流れる。
あれ?オラホは ”おたふく風邪” をひいたことはないのか?
そうだ、母親に聞いてみよう。

「さ〜・・・・、わからない〜」



おい!

デューク東郷・茶巾寿の図


不安的中かいっ!

まぁ、いい・・・、まだ ”おたふく風邪” と決まったわけではないし、たとえそうでもこの程度ならたいしたこたぁない。
たかだか耳の下がちょっぴり痛いだけだ。

このまま完治するなら、ちょっと遅れた無料の予防接種を受けたと思えばお得と言うものである。
このときは、7月の梅雨が明けたばかりのころで、サマーシーズンを向かえ店が忙しい時期だったこともあり、幸せなオラホは、すぐに忘れてしまった。

そして、翌日のことだった。

3人目が生まれたばかりのこの頃は、上の子供2人が保育園に通っていて、天気のいい日のお迎えは、自転車で行くことが多かった。
その愛用自転車は、後ろと前に子供用座席を増設した3人乗り・変速レスの真っ赤なママチャリ

 NOBLE2000

いつものようにオラホが颯爽と飛び乗ったとき。

「あ・・・痛っ。」

股間のあの大事なところに・・・、3人の子供を誕生させた種の製造元に・・・、鈍痛を覚え思わずうめき声がもれた。

オラホは、直感的に上記の項目5にある「副睾丸炎」だと思った。

≪続く≫
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